百年の一日

インドとお酒に溺れている岡本の日々 (web→ https://lit.link/okapindia)

12月26日(木) 小さな教会のクリスマス

2015年と2016年はインドでクリスマスを過ごした。そのときの思い出の話。

2015年に住んでいたGTB Nagarというエリアには北東のミゾラムやナガランド州出身者も多く居住している。彼らはキリスト教率が高いので街にはヒンドゥー寺院にまざって教会もあった。

どんなもんかな、と冷やかしに行った大通りの教会は立派で美しく、ところどころ雑な飾り付けはインドらしくて笑ったけれど、イルミネーションや内部装飾の力の入り具合に信徒たちの情熱のようなものを感じて心が温かくなったのだった。

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ところで、家のすぐ近くには、小さなスラム街があった。そこにはひょんなことから仲良くなったおばちゃんやその姪っ子たちが暮らしていた。

大通りの教会からの帰りがてら、おばちゃんの家をふらりと訪ねると、おばちゃんや姪っ子たちは「お前を待っていた」と言わんばかりに車座に囲んでいた焚き火から顔を上げた。

「さ、いくよ」とおばちゃんは立ち上がり、姪っ子たちも外出用のケープを羽織ったり帽子を被ったり。どこにいくの?と尋ねると、教会に行くのだ、と。
私は呑気に「へー、ヒンドゥーの人も最近はクリスマスを祝うのかな」なんて思いながら、先導するおばちゃんのあとをついて歩いた。

 

スラムの端っこにその教会はあった。

小さくて、表通りの大きな教会とは比べ物にならないほど地味で簡素で、イルミネーションもなかった。
扉には南京錠がかけられていて、夜間は入れないということがひと目でわかる。

それを見たおばちゃんは教会の裏手に行き、誰かと何やら話していた、と思ったら司祭を引き連れて戻ってきた。鍵を開けてもらうことになったらしい。

すごいなあ、そこまでやるんだ、と思ってるうちに扉が開いた。司祭が電気をつける。正面の十字架がピカッと光り、部屋の隅にあったクリスマスツリーに灯りがともった。

司祭は面倒くさそうな顔を隠しもせず、それでも私たちを扉の中に入れてくれた。おばちゃんたちは十字架の前に進み、そして、「どう祈るんだ?」「何をしたらいいの?」とひそひそ笑いながら顔を見合わせていた。

 

なんじゃそら、何しにきたんだ。

 

そう思っていると、姪っ子の1人が「ディーディー(お姉ちゃん)、お祈りやってみせて」と言ってきた。
私だって知らん。キリスト教徒じゃないもの。
でも司祭が背後から見ている手前、どうにかそれっぽいことをしなければ決まりが悪い。

よくわからないまま私は両手を組み、司祭になんかそれっぽく聞こえるようにと願いながら「天にまします神様よ、アーメン」と日本語で言った。姪っ子が真似し、おばちゃんが真似し、私たちはよくわからないまま両手を組んでアーメンと唱える集団になった。
なんとなく司祭のほうは振り向けなかった。

 

帰り道、なんで教会に行ったの?とおばちゃんに尋ねると、きょとんとしたような顔で、あんた日本人はクリスマスを祝うって言ってたじゃないか、と返された。

そこでハッとしたのだが、この国では「祝う」というのは寺院でお祈りをすることと等しいのだ。

 

どうやら私のために初めて教会に行ってくれたらしい。
わざわざ司祭に声をかけて開門の交渉までしてくれて。

 

その質素で小さな教会にはわずか数分しか滞在しなかったけれど、この年のクリスマスのことが今も強く記憶に残っている。

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