百年の一日

インドとお酒に溺れている岡本の日々

11月26日 知らない街

デリーを出てコルカタにやって来た。

インド四大都市(デリー、ムンバイ、チェンナイ、コルカタ)の一つで、人口密度も高く、道は店と人で埋め尽くされている。

10年以上前に2週間ほどコルカタにホームステイしていたことはあったけど、久々に歩いたこの街は全然知らない場所のようだった。

事実、私はコルカタのことを全然知らない。ホームステイしていた期間が勿体ないくらい何もコルカタの歴史や風土を知らない。

 

「知らない」ということを素直に認められるようになったのは、ここ数年での大きな変化だと思う。かつて私は知ったかぶりで、物事を知らないことは恥ずかしいことだと思っていて、会話についていくためだけに興味ないジャンルの知識を取り込んだりした。

失礼なことをしていたなあと思う。ジャンルにも、人にも、私自身にも。

 

ところで、知らない街なのに妙に懐かしかった。知らないのに知っている気がした。日本のたばこ屋さんよりもさらに小さな店に座ってチャイや小物を売るおじいさんの顔を昔から知っているような気がする。

前世というものがあるなら私はたぶん19世紀末〜20世紀前半のコルカタで過ごしていたんだと思う。

 

胸をきゅうきゅう締めるような懐かしさと、知らない物事の溢れる道を歩く新鮮な喜びにとりつかれて、ひたすら夜の街を歩いた。

 

 

f:id:bharatiiya:20221127123156j:image
f:id:bharatiiya:20221127123152j:image

 

11月18日 身体の中で言葉が熟す

言葉が熟すまで時間がかかるタイプなのだと思う。だからぱっぱっと丁々発止なやりとりをするにはむいてない。自分が何を言いたいのか、わからなくなってしまうから。

 

少し前まではそれが嫌だった。ぱきぱきと面白い掛け合いをしている飲み仲間たちを見ては、私も私もと背伸びをして会話に加わって疲れたり。「オチは?」と聞かれると自分の言葉が未熟でつまらないと言われているような気がして、あらかじめ起承転結をつけた「すべらない話」を用意したり。要領を得ない自分の言葉に自分で落ち込んだり。

 

最近はそういうことがなくなった。ウィットに富んだ切り返しが毎回できなくても、水で薄めたような言葉を発するよりマシだと思うようになった。

(私が発するとだいたい薄くなるという意味で、濃いままやりとりできる人たちは沢山いる)

 

私の言葉は、身体の中で、時間をかけて熟れていく。体系をもたない言葉の切れ端がやがて形になり言葉になり現れる。それを表す。

向いているのは文章を書くこと。得意だし、書くこと自体がとても好き。

そして、ぐちゃぐちゃな言葉、感覚のまま体系を持たず口から飛び出してくる拙い言葉たちも好きで、それを「で?」とか「オチは?」とか「噛み合ってない」と言わず、急かさず、ただ聞いてくれる人たちのことも大好きだ。ありがたいと思う。愛しいよ。

 

私は自分ではないものになろうとしなくていいのだと強く思う今日この頃。

f:id:bharatiiya:20221119171206j:image

 

11月11日 ネットのない生活、床に寝る日々

引き続きインドにいる岡本です。

 

今はパンジャーブ州だけど、少し前まではジャンムー・カシミール(J&K)のジャンムー側にいました。

 

J&Kは帰属や独立をめぐって今もごたごた(だいぶ端折りすぎな言葉ですが)のある地域でして、数年前にはカシミールの分離運動を封じ込めたいという意図の見えすいた超法規的な措置でネットが使えなくなるなどしてました。今はその措置自体は解除されたそうですが、引き続き外国人などはネットや電話の使用が制限されていて、要はアウトサイダーである私は5日間ネットが全く使えなかったわけです。

それはそれで煩わしい連絡がこないとか、こっちも気にして連絡しなきゃというプレッシャーがないとか、SNSのチェックをしない日々の気楽さとか、メリットが多かったので問題なかったんですけど。

 

ジャンムーのジリという地域のメーラー(縁日)に参加していたんですが、これが初参加の私にはなかなか過酷な日々でして…同行者のインド人は皆楽しそうだったし私も楽しいと思った部分はあったんですけど、やっぱ自分はこういう生活を喜んで受け入れることはできないなあと痛感しました。

以前マニカランという地域に行ってコンクリ床に薄いマットレスを敷いて数日過ごした時もかなり辛かったんですけど、あのときは温泉があってお風呂には困らなかったんですよね。今回は水風呂で、修行僧かな?と思うような日々でした。

 

以上です☆

 

f:id:bharatiiya:20221112142737j:image

 

…ここからはちょっと人によっては不謹慎に感じられるかもしれないことを書くので(それでTwitterへの投稿はやめた)、これは私が知識を体験として落とし込みたい性質の持ち主だという前提の上で、苦手なら読み飛ばしてください。

 

 

ジリでの生活が、私には本で読んだ難民キャンプに関する知識と重なるところがかなりあった。

雰囲気はお祭りだから決定的に違うとは言え、今取り組んでいる1984年の虐殺の論文を、よりリアリティをもって書けるようになったと感じている。

 

私は同行者の人のお父さんが30年前に建てたという建物の中で過ごせたため屋根も床も壁もあったけど、多くの人は屋外の空き地にタープを張っただけの場所で雑魚寝で、もちろん床もないのでデコボコした地面に各々持ってきた毛布なりを敷いて寝ている。誰かの荷物が盗まれたようで隣の空き地ではちょっとした騒乱も起きていた。

期間中に2日間は雨がぱらつき、基本的には曇天で、気温もおそらく10度台前半だったと思う。夜はもっと冷えたはずだから、屋外組は相当過酷な環境だったんじゃないかと思う。

 

大規模な宿坊のような建物があるが、そこも人々がすし詰め状態。床に毛布や簡易マットレスのようなものを敷いて雑魚寝。色んな人が行き来するので毛布は瞬く間に土や泥で汚れていく。

この建物は空気がかなりこもっていて、コロナの激しい時期だったら恐らく蔓延しているだろうなと直感するような環境だった。

 

そんな中で幸運にも屋根と壁と床(セメント)のある個人の家で6人という少人数で過ごせたわけだけど、セメント床に薄い毛布を敷いて寝るしかないので、底冷えするわ腰とひざや腕の関節が痛むわで快適とは言い難い。

この家の毛布を出したのはコロナ禍以降初だというので2年ぶりか、かなり埃っぽく、夜になると鼻水と咳がひどくなる。

当然、よく眠れない。体力が日に日に落ちていくのが体感としてわかる。私は体調を崩さなかったけど、同行者のインド人5人のうち2人が風邪をひいた。

 

お湯はないので冷水で体や髪を洗う。

食べ物はランガル(≒ボランティア運営の炊き出し)や屋外の配布所で無料で食べられるけど、だいたいどこも混んでいて、人が配布所に殺到しているか長蛇の列ができているか。

しょっちゅう停電し、最終日はほとんど電気のない状態で過ごしていた。ロウソクに火がついたとき、灯りがあるというのはここまで心強いのかと思い知る。

 

ネットはもちろん電話も通じないので、はぐれないように基本的には集団行動だけど、たまにはぐれるとその場所から動けなくなるか建物に帰ってくるのを待つしかないので物事が予定通りに進まなくなる。

 

 

幸いにも着替えの服があったことやランガル施設がたくさんあったので空いてるところを見つけさえすれば飢えることはなかったことが、難民キャンプとは全く違う部分ではあるけども。

とにもかくにも「縁日」という言葉から想像していた生活とはかけ離れた過酷な5日間を経験できた。

 

こういう生活体験と、難民キャンプというそもそも悲惨な出来事が起きた上での生活を、簡単に結びつけるのは倫理上問題があると頭では理解しつつ、

似ている経験を知識に結びつけることでやっと心の引き出しにしまえる(=腑に落とせる)という側面もあり、忘れ難い貴重な経験ができたと感じている。もう二度と行きたくないが。

 

f:id:bharatiiya:20221112143240j:image

 

 

10月10日 インドでの日々スタート

昨日のフライトでインドはデリーに来た。

 

2年半ぶりの渡航。いろいろ忘れていることもあるし、ゆっくり思い出しながら、体を慣らしながら、久々の滞在を楽しもうと思う。

 

f:id:bharatiiya:20221012153009j:image

f:id:bharatiiya:20221012153104j:image

 

9月14日 水曜真昼の戦い

水曜日のお昼には、お昼ご飯と夜用のお弁当を同時に作る。

毎週水曜日は15時〜21時半の勤務で、夜ごはんは業務の合間に座席で食べるのだ。

 

マルチタスクが好きなのに苦手、要領があまり良くない私は、ランチとお弁当のおかずを同時に作ることにいつも苦戦する(けど懲りずに挑戦する)。

 

これを「水曜真昼の戦い」と呼んでいる。

 

たいていは常備菜があるのでそこまで手間がかからないのだけど、今週は用意していなかったので全て一から作って詰めることになった。

奥まった台所にはクーラーの風も届きにくく、今日も汗だく。

 

30分で作ったランチのたらこ焼きそばとお弁当に誇らしい気持ち。

お弁当の中身を思えば今日も仕事をがんばれる。

 

f:id:bharatiiya:20220914130150j:image

f:id:bharatiiya:20220914130158j:image

 

9月6日 味わえども味わえども

風が秋になった。残暑は厳しくて日差しはまだ夏の気配を含んでいるけど、風がどうしても秋だ。

 

ふと、来年の今頃にはここに住んでないかもしれないと思った。引っ越してるかも。

いつでも未来のことはわからない、明日も1時間後も1分後も。だから未来ここにいない気がするのも自由だし不定で、できることは今と今を味わうだけだなあ。そんな秋めいた思考を繰り広げる。秋は思考の捗る季節だと思う。

 

日々を味わっても味わっても、味わい尽くせない。私は以前から感動屋さんで、何を見ても心が動くけれど、いよいよタガが外れてきたと思う。空の移り変わりを見て感動して泣きそうになっている。

 

そんな日だった。これから強力粉をこねる。

餃子を作るのだ。

f:id:bharatiiya:20220906184008j:image

f:id:bharatiiya:20220906184021j:image

8月18日 中庸のむずかしさ

以前アンガーマネジメントに関する講座を受けたことを書いた(5月26日 アンガーマネジメント - 百年の一日)けど、今でもときどきカウンセリングを受けている。

そのおかげか、以前よりも穏やかに日々を過ごしている気がする。ほんの少ししか違わないけれど確実に違う日々。

 

私のメンタルは気圧の変化に弱く、台風が近づいてくるたびにうつ気味になって布団から起き上がるのも困難になる。情緒不安定にもなるので、衝動的に首を吊って死なないためにコーピングリストを作って実施していることも以前書いた。(2月27日 コーピングレパートリー - 百年の一日)

 

が、今年の6月や7月の雨の日々もついこないだの台風の日も、なんと普通に活動できたのだ。

頭痛はひどかったけど、ご飯を食べ、お風呂に入り、すとんと眠った。

 

今年は(今年も?)異常気象だというから去年までの例が当てはまらないだけかもしれないけど、自分の感情の動きを客観的に捉えられるようになってきたこと、それをアウトプットする場所があることで、低気圧の時期でも負の感情をうまく処理できるようになったのかもと思っている。

 

 

そんなわけで「調子いいぜーふんふん♪」と受けたカウンセリングで、「バランスが崩れてきているのでは?」「悦に入って他者にマウンティングしてないか?」と指摘された。

今まで鬱状態、負の感情を自分に向けがちだったものが、いまは躁状態で尊大になりつつあると。

言われてみればそうだなと思うことも多くて、中庸ってほんと難しいなと思う。

「今の自分がより良い状態であると比較する対象は過去の自分であって、他人ではありませんよ」と言われる。そして同時に、未来の自分にとっては今の自分がまだ伸びしろのある状態だということも自覚しよう、と。

 

美味しいものがたくさんあるとか、好きなものに囲まれているとか、会いたい人に会えるとか、自分の好きを大切にするのは大前提で、その心地よさのまま周りの人の幸せのために何か自分にできることがあるなら、それを目指したいなと思う今日この頃。

それにつけても中庸でありたい。

 

f:id:bharatiiya:20220818175914j:image