百年の一日

インドとお酒に溺れている岡本の日々

2024年2月20日 ひばりの鳴く

昨日は友人と公園をぷらぷら散歩した。

天気はあまり良くなくて、ときどき霧雨が吹き付ける気候だったけど、梅の木にはひばりが止まってちいちい鳴いていた。春だ。ずいぶん早い気がするけど、春を感じてしまったからには春なのだ。

 

今日はさらに暖かく、ぽかぽか陽気の中でお弁当を食べた。明日からまた寒くなるらしいというニュースを聞いて、それなら今日を思い切り楽しんでおこうと。

 

過去の記事で何度も書いた気がするけど、私は冬が好きだ。寒い朝に湯たんぽをガスコンロにかけてしゅんしゅん沸かせながら、あー寒いなーなんて感じてる瞬間が結構好き。

しかし今年の冬はそこまで冷え切らず、私の南向きの部屋はふすまを閉めておけば温かく過ごせる環境で、「冬!!!!!」という気温を噛み締めたのは先日の雪の日くらいだったかな。今年の冬はちょっとつまらなかった。

 

温暖化がこのまま進むとますます冬がつまらなくなりそうで嫌である。

 

私は私でできることをしないとな。

2024年2月16日 半年ぶりコーン

ここ数日ずっと闇の中にいたような感覚で歩いていた。闇というか、もやというか、仄暗い霧。

要するにメンタルが落ちていた。かなりガッツリと沈んだ。いつぶりだろう。去年の夏前か?

 

ここ数年でわかったのだけど、心は頭がどうこうして動かせるものではないらしい。気をそらしてあげることはできるものの(所謂コーピング)、私の場合、それをやると後からさらに深い霧が押し寄せてくるだけであった。

 

メンタルが浮上するまでじっと待つ。不安で足元のおぼつかない感覚に「ひいー!気持ち悪いよー!」なんて思いながらじっくり浸る。

そうしていれば突然その感覚は抜けるし、しばらく襲ってこない。心の浮き沈みを「私なら受け止め切れる」と信じて正面から受け止めたほうが私の場合には良さそうに思えて、最近はコーピングリストを実行せず、ただひたすら自分に向き合っていた。

 

※上記は全て私の場合の体験談、体感覚の話なので、個人差はあるはず。コーピングを批判するものではないし、こうすれば希死念慮と絶対的にうまく付き合えると断言するものでもないので、ご参考までに留めおいてください。

 

抜けると空は青く見えるし梅の花は紅色にくっきり見えるしで良きかな良きかな。

大学生の頃、スワヒリ語を教えてくれていた先生が「マラリアにかかって高熱が出てぶっ倒れたあと回復すると、体の悪いものが全て出切ったかのようにスッキリしている」という話をしていたことを思い出す。「デトックス」という言葉がこんなにぴったり当てはまる事象もないよな。

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しばらく自炊するタイミングがなく、1週間も外食で済ませていたことも、今回の仄暗さと関係しているかもしれない。

やはり料理はいいぞ。料理は人生を照らす。

 

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冷凍庫で夏から眠らせていた生とうもろこしを解凍し、そぎ落とした粒を炒めた玉ねぎとあわせてプロセッサーにかけてコーンスープにした。半年ぶりの解凍。嬬恋のとうもろこしはそれでも美味しかった。

 

明日は何を作ろう。

2024年2月15日 忘れることを許すこと

前回記事で何を書いていたかも忘れた。

読み返してみたらここを研究日誌にするとのこと。ほーん。去年の9月末の私はそんなふうに考えていたのね。

 

そんなことは忘れていたので、ここは相変わらず日々のメモ書きとして使っていく。

 

...

 

家の近くの空き地が売れたようだ。雑草避けのようなシートが張られていた空き地にはフェンスが立ち、工事予定の看板が下がっていた。

私はここの空き地が好きでも嫌いでもなかった。建物が建つことに賛成も反対もない。

ただ、雨の日にこの空き地に張られたシートに雨粒が当たり、反射して聞こえてくる音が、川のせせらぎのようだったことは覚えている。その音をよく聴こうと雨の中わざわざ立ち止まったこともある。雨の日のほんのささやかな楽しみだった。

 

もともと、今いる場所から別の場所に繋げてくれる見えない扉のような場所が好きなのだ。この空き地に限らず、いろんな場所に私は透明なワープポイントをもっている。今すぐには思い出せないんだけど。

 

大事というには軽すぎて、でも何も思い入れがないわけじゃない、すぐには思い出せない場所。この空き地もいずれそうなる。何かきっかけがあれば思い出せるかもしれない、たとえば雨の日にここの新しく建った家が視界に入った時、もしくは似たような空き地を見つけた時。もしかしたらもう思い出せないかもしれない。どこかにワープポイントがあったことだけは覚えていて、いや、それすら忘れるかもしれない。

 

つい数年前まで、私は忘れていくことを許せなかった。忘れていく自分を、他人を、責めた。一瞬でも好きだと思った何かをかつてと同じように愛せなくなる心の変わり身の早さ、頭の軽率さ。失われていくことのやるせなさ、悲しみ。

根底には恐怖と悲しみがあり、それに蓋をして怒った。自分もいつか誰かに忘れられてしまう。そのことへの恐怖だったかもしれない。

 

最近ようやく、忘れることを心底許せるようになった。仕方がない。それはネガティブな諦めではなく、それが「生きていく」ということだから仕方がないのだと認められた。諦めより「降参」に近い。まいった、まいった。

 

生きることは変化し続けることで、死ぬことは不変に留まること。言葉としては理解していたこの真理をやっと腑に落とすことができたのだと思う。

 

思い出せたらいいな、と思う。ここで川のせせらぎを聞いたこと、雨の日が少し楽しかったこと。でも思い出せなくてもいいんだよ。いずれ私は別の場所を見つけるのだから。

 

それでもこうやって文字にしておこうと思ったのは、ちょっとした忘却への抵抗なのかもしれなくて、そういう自分が少しおかしくて愛しい。

 

9月25日 ブログを研究日誌と改める

しばらくはてなブログのほうに日記を書いていなかったけれど、全く日記を書かなくなったわけではない。むしろ毎日書いてインスタに投稿していた。日々の心の機微や出来事をさっと気楽に投稿できるのが良い。
(こんな雑文でもはてなブログへの投稿はある程度文章に気を遣っている)

 

インスタ日記はこんな感じ。

 

 

じゃあこのブログはどうしようかと考えたとき、自分はゆくゆく研究者や文筆家として活動していくのだから、インスタ日記よりも長文で自分の研究のことや世の中に対して考えたこと、一日一日のことよりもっと長いスパンの「人生」というものに対して感じたことを発信できる場があったほうが良いなという結論になった。

対外的には雑文置き場ということで変わらないのだけど、自分の中で位置づけがはっきりして腑に落ちた感覚。すっきり。

 

最近のインドは動向がかなり注目されているし、自分も思うところがたくさんあるので、しばらくはインド関係で気になっていることを長めに書くなどしてこの場所を活用する予定。

 

とりあえず今日は締め切りを迎える仕事を全力で片付けてきます。

 

6月16日 ファラフェルサンド、祝杯

朝7時台、恋人からの電話で起きる。仕事に行こうと思ったら今日は有給をとっていたのだった、という間抜けな話を聞く。

その後うちに来たので一緒にコーヒーを飲み、百年の孤独の話などをする。

 

外は久々の青空だった。

レジュメ執筆がもりもり進む。

 

昼、昨日のファラフェルとキャベツときゅうりをバゲットに挟んでヨーグルトソースをかけて食す。
水切りしたヨーグルトにおろしニンニクとレモン汁と黒胡椒を混ぜて作ったソースが昨日よりも美味だった。

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無事に面談を終え、秋に論文の中間審査を開いてもらうことが決まる。

 

昼下がり、吉祥寺いせやで祝杯。
焼き台の向こうの青空を眺めながらウーロンハイ、ガツ刺し、しゅうまい、焼き鳥。

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夜、西荻窪へ。猫の髭で軽くつまみお喋り。

素の自分で生きていきたいがなかなか難しい。優しさについて考えつつ飲む。自分にも他人にも優しくあるにはどうしたらいいだろう。

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帰路にVOX。日記を書いてマスターとお喋りして気付けば3時間。眠くなり帰宅。

6月15日 ファラフェル、ラード飯

明日、指導教官と面談なのに全くやる気が出ない。空がずっと薄暗かったから仕方ないと思いつつ、ままならなさが悔しい。

 

昼、ファラフェルを作った。料理を引き金にやる気を出そうと思ったのだ。

ひよこ豆を潰し、ニンニク、パセリ、オレガノコリアンダー、クミンを混ぜて団子にしてから油で揚げる。初めて作る料理は手順に夢中で頭を空っぽにできるのが良い。
うまかったがやる気は戻ってこなかった。

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夜、ポリフォニーについての論文を少し読み、区切り良いところで西荻に行く。知り合いの店でラード飯を食べる。
数年ぶりのラード飯だった。美味。

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帰路、VOXで飲む。

マスターの顔を見ると、なんだかほっとする。

2時過ぎ帰宅。

6月6日 仕事したくない牛すじ赤ワイン

昨日の夜もなんやかんや遅くまで起きていて、今朝は起きた瞬間から猛烈に眠い。

低血圧なのでただでさえ朝はすっと起きられず布団で1時間くらいうだうだしてから活動開始するというのに、眠い、眠い、眠い。

 

「やだよーーんお仕事したくないよーーーんムギちゃんふがふがーーー!」と愛猫ムギさんに顔面ぐりぐりしたりのたうち回ったりしながらなんとか起床してお弁当作ってキャンパスへ。

 

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仕事場の図書室に向かいがてら「こんなに眠いのだから今日は自分を労わる日にしよう」と思う。

今日中に締め切りの仕事が2つあるけど焦らずこつこつやっていこう。

そんな静かな決意を胸に、落ち着いた気持ちでマイPCの電源をいれたら「電池残量6%」の表示。充電ケーブル挿してたけど電源側のプラグが抜けてたなこりゃ。

 

こういうアクシデントがあると私はわかりやすくテンションやモチベーションがさがる。

限りなくゼロに近いモチベをなんとか奮い立たせて職場で出来ることをやるが、帰宅する頃にはゼロを通り越しマイナスに突入していた。

でも別にいいんですよ。眠くても生きてることがすでに偉いのに、お仕事までやるなんて、しかも締め切りに間に合わせようとするなんて、偉すぎて偉人図鑑に載るレベルだもの。

でもどんなに私が私の中で偉くて尊い存在でも締め切りに間に合わないと怒られてしまうんである。世知辛いし、それでは私が可哀想。

じゃあ今、こんなに眠いのに自分に鞭打って仕事すべきなのか…?

 

そんなふうに悩むときはやはり料理である。

手元の作業や工程に集中できるので、やはり料理はいい。私の世界を明るく照らしている。

 

とかなんとか言い訳しながら、仕事をやりたくない一心で牛すじ肉の赤ワイン煮込みを作ってしまった。

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食べ終わった後もまだ仕事に向き合う気持ちになれず、明日のお弁当の設計図を描いて過ごした。

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締め切りまで残り3時間半を切るなか、マイナスのモチベがゼロすれすれ上くらいまで回復したので、そのあとは黙々と作業。

 

こうして今、なんとか「本日」の日記を書ける時間までに提出を済ませたのでした。

 

私はとてもえらい。

自分を労わるのはこれからだ。今からプリンを食べるぞ。(早く寝なさい)