百年の一日

インドとお酒に溺れている岡本の日々

8月5日 月末のルーティン、月初の気持ち

月末に書こうと思っていたのに気づいたら月初になっていた。

 

7月末は仕事の締め切りとイベントの主催が重なって慌ただしかった。コロナ感染者数の増加を受けて配信イベントに切り替え、機材のリハや出演者へのやりとり、打ち合わせなど。

大変だけれどイベントは楽しいし好きだから苦ではない。またやりたい、できれば今度は観客を呼んで生ライブで。

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月末になると、翌月の手帳を作り始める。

日付の入ってない週間バーティカルタイプの手帳を使っているので、次の月がくるまえに30日分(31日分)の日付を埋める必要があるのだ。

もともとは手書きだったけど、シールのほうが可愛いし疲れないし見やすいと気づいてからはずっと手帳用シールを買っている。(終売になりませんように!)

 

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この作業をしているときに、ざっと心の中で一ヶ月の出来事を振り返ることも多い。最近はこの作業をするときになって「あ!ブログ書いてないや、書こ!」と思い浮かぶことも。

このブログとも長い付き合いだし、決しておざなりにしているつもりはないけど…

 

それから、ざっくり一ヶ月を振り返る。

フリーランスなので請求書を作って送るなどの金銭的なとりまとめも必要で、このときに一ヶ月の収支も確認する。

 

そして来月の予算(生活費)の作成と、ほしいもの・やりたいことリストをつくる。

 

まあだいたい予算は超えるし、ほしいものはだんだん増えていくのですが。

 

こういうのは「ルール」ではなく「指標」として、ルーティン自体も「習慣として守るべきもの」ではなく「やっておいたら楽なこと」くらいの緩さで、ゆるゆる取り組んでます。

 

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7月24日 何の変哲もない夏の日

ぼんやりしているうちに7月が終わろうとしている。異常気象だ温暖化だと毎年いろんなことを思うけど、一日の一瞬を切り取って見ると、いつもと同じような夏のひとときを感じる。

そんな7月だった。

 

中旬の三連休、天気のぐずついていた頃に待ちきれなくて梅を干した。悲しいかな晴れたのは一日だけで、あとは曇天や突然の雨天。梅はあまり綺麗な色に変化しなかった。最近の快晴続きを見て少し後悔している。

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そんな小さな後悔はしつつも、すかっとした青空は気持ちがいいので大好きだ。ビルの屋上で芋焼酎を飲みながらさつま揚げを炙ってぼんやりする夏の日だった。

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前回の記事(7月6日 さらさらの星 - 百年の一日)で「恋人に振られた」と書いたけど、2日後には向こうから連絡がきて、仲直りして、また楽しく過ごしている。

なんなのだ、と思うけど私は彼との関係は大抵のことならどうにかなると思っている。実はこないだの記事を書いた時も、心のどこかで「多分どうにかなる」と感じていた。

慢心や甘えではなくてもっと確信に近い感覚で「私と彼が離れるわけがない」と思っている。

 

今回のすったもんだを経て、彼も少し変わったかもと感じる。

忙しくなるとLINEでスタンプさえ送れなくなるところや、頑固でせっかちなところなどなどは相変わらずだけど、自然体でありつつ以前よりも自分の状況を共有しようとしてくれたり、誘ってくれるようになった。

最近嬉しかったのは、彼のほうからイベントに誘ってくれたこと。それから、私がイベントに遅れて行って彼やその友達が近くに座っているのを遠くから眺めていたら手をひいて自分の隣の席に座らせてくれたこと。

 

あまり喧嘩はしたくないのだけど、こうやって何か良い方向に変わるきっかけになるなら、悪いことばかりじゃないよねとは思う。

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7月6日 さらさらの星

七夕について考えるとき、「きらきら星」と「笹の葉さらさら」がよく頭の中でごっちゃになる。星がさらりさらりと鳴っているような気がしてくる。

星は確かに地球から見る分には細やかで、輝く砂粒のように見えて、こすりあわせたら「さらさら…」と鳴りそうな気もする。

 

だけどあいつらは燃えているのだ。宇宙空間で、真っ暗な黒い闇の中でごうごうと燃えている。地球から見えるくらい激しく燃えているんだから、ほんと、ごうごう鳴ってると思う。

そう考えるといつも勇気が湧く。

星は七夕の夜もごうごうと燃えている。

 

 

星に勇気をもらいながらここ最近の出来事を振り返る。恋人にふられてしまった。何かが彼の「無理」に達して、さよなら代わりの「エンジョイ」という言葉を残して、それ以降連絡がなくなった。

まだ実感の湧かない身体で空を見て、暗闇で燃える石の塊を想像して、どちらも途方もなく現実離れしているように思えて、現実に戻るべく豚の肩ロースを煮た。豚肩ロースがどこのスーパーでも安かったから。

 

かつて私は料理が下手だった。今も特別に上手とは思わないけど、自分の食べたいものを作れるようになったことが嬉しい。

私は要領が良くない。ひたすらに場数を踏むこと(しかも人より多く場数を踏むこと)でしか成長できない。

 

でもそれで良いんだ。

 

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6月30日 一年の半分の喜びと悲しみ

夏越の祓え(なごしのはらえ)という行事を知ったのはたしか去年だった。一昨年だったかも。とにかくコロナ禍に突入してからだった。

一年が無事に半分過ぎたことを喜び、残り半年が健やかな日々であることを願い、神社の茅の輪をくぐって「水無月」という菓子を食べる、そういうイベントだと解釈している。

 

私は美味しいとこどりの怠惰な人間なので、この猛暑に神社へ出向いて茅の輪をくぐる元気はないくせにウキウキと和菓子屋へ行く元気はあった。そういうわけで今年、生まれて初めて水無月を食べた。ういろうもあずきも食べたことがあるので味の想像はついたし、実際に食べてみたら、まあそうだろうなという味だった。

 

「こんなの初めて!」という味も「予想できていた」という味も、どちらも好きだ。

予想がつくというのは私がこれまでいろんなものを食べてきてそれを舌が覚えている、脳内で再現できるということで、なんというか、私の生きてきた時間というと大袈裟だけど、でも積み上がっている時間を感じる。

予想していなかった味に出会ってそれを味わって楽しむのも大好きだけど、知っている味や予想できる味を「やっぱりそうだよね」と感じながら味わうのも良いもんだよね、なんて思うわけです。

 

ところで一年の半分が終わった。喜びと悲しみがとんとんな半年だった。去年の6月の事件から1年が経ち、私はだいぶ変わったと思う。変わったというより本来の自分にだいぶ近づいた。

私の運勢は多分9月ごろから年度末にかけてバリぶち上がっていく、と感じているので、来月再来月あたりはまだ今のとんとんな感じが続く気がしている。

来年あたりはスターとったマリオモードじゃないかと予想している。そうなるように今を生きていく。

 

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6月22日 うたた寝の夢

夢の話。

一階部分がシェアスペース、そこから梯子をのぼった二階にあるのが自分の家という集合住宅に住んでいる。私は別に家を持っているのでそこは仕事場所として使っているのだけど、雨が降ったので泊まろうかなと思いながらテレビを見てご飯を食べていた。

台所横にある玄関のドアががたがた騒がしくなったけど鍵を閉めてあるので問題ないやと無視していたら、うわーそうかーなどという声が聞こえて、その声が恋人の声だったのでドアを開けた。

彼は入ってくるなり台所の流しの下の扉をあけて「これこれ」と緑色のまな板や白いプラスチックのザルをとりだす。その流しの下には彼の調理器具がたくさん入っていた。

扉を開けたとき香りがふわりとして、彼は「懐かしい、じいちゃん家もこんな匂いだった、きび団子の匂いだ」と言い残して去って行った。

食べかけのご飯を食べに部屋に戻るとシェアハウスの住民が何人かくつろいでいた。

 

そんな夢を見た。

6月2日 季節に追われる

食べたものを記録するためにインスタのアカウントを作った、けど4日目の昨日さっそく投稿を忘れた。綺麗に三日坊主だ。そんな6月のスタート。

 

梅仕事の季節が到来したけど、まだらっきょうも漬けてない。慌てて昨日らっきょうを買ってきたけど、今日は帰宅が遅くなる予定だし取り組めるかどうか…

時間に追われている感覚があって慌ただしい日々だけど、食材や家の中のことで季節を感じられるのはとても嬉しい。苦労や手間が愛おしい。

 

夏に向かう良い季節。カレーリーフちゃんもわさわさしてきている。

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自分の心が落ち着いてきて、いま自分が何を望んでいるか、何を感じているか、わかるようになってきた。そうすると段々と周りの人が何を感じていそうか、何を望んでいそうか、ほんのりとわかるような気がしてきた今日この頃。

先日までは好きなひとのことを考える余裕がなかったけれど、昨日のやりとりで改めて、私はこの人を幸せにしたいなと強く思った。

「選びようがない」「身動きがとれない」という言語の奥にあるのは「選びたい」「動きたい」という言語にならない心の声のように感じた。叶えてあげたいと思った。叶えてあげられるのは彼本人しかいないけど、その背中を押したり支えになることができたら。

神様がいるなら今すぐ彼を心の望みと思考・行動が一致した状態にしてあげてほしいけど、そんなことは起こりえない。

私が彼を幸せにできたらと願うけど、何もしないでいきなり周りを幸せにできるすごい人になんてなれない。
必要な経験を積んで必要な知識を身につけて、虎視眈々…はちょっと違うか、でも必要なタイミングで必要なことができるように自分を成長させ続けることが、きっと「自分だけじゃなくて周りの人も幸せにできる人間」になる一番の近道なんだろうな。

蓄えてきたものはいきなり噴出して大きな変化を起こすかもしれないけど、それまでは地下水脈のように目に見えず流れ続けるんだろね。

 

脈々と流れる愛を心に感じる。

カサヴェテスの映画「ラブ・ストリームス」で、愛は流れ続けるものだと言われていた。きっと本当なんだろう。

 

5月の終わり

最近は穏やかで健やかな日々が続いている。

週末(に限らないけど)は朝まで友達とお酒を飲み、好きな人に会い、家でも外でも美味しいものを食べ、猫を愛し、花に癒され、好きな音楽を聴いて心躍らせている日々です。

これを私は「穏やかで健やか」と感じているけど、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 

5月に入ってから博士論文をちまちまと書いている。去年ほとんど書かなかったので先月から今月にかけてで去年書いた文字数を抜いた。本当に去年の自分は腑抜けの腑抜け。でもきっと必要な期間だったのだと割り切っている。

 

それから仕事もなんでか知らないが増えていて、5月もバリバリ働いた。

今年度から体制が変わると予告されていたときは規模の縮小と聞いていたので、きっと仕事がどんどん減ってひもじくなっていくんだと落ち込んでいたのだけど、今のところなぜか去年より10万円近く稼ぎがあがっている。

とはいえ、月によって受注量にばらつきのある個人事業主なので、年平均にするとどうなるのかはまだ予測できないけどね。

 

恐ろしいのは6月よな。

毎年恒例の低気圧によって私のメンタルがどうなるか、今からちょっと恐ろしい。今月のように穏やかに健やかに過ごしたいものです。

 

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