百年の一日

インドとお酒に溺れている岡本の日々

2024年5月17日 受け取る

ZINEを入稿した。

自分1人じゃできなかった。いろんな人が助けてくれた。おかげさまでspecial thanks欄がなかなかのボリュームになった。

 

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早々にデザインソフトを使いこなすことを諦めた私の前に、元デザイナーで元バーのマスターで現・呑兵衛が現れ、ちゃちゃっと誌面レイアウトを組んでくれた。フォント、配置、大きさ、そういったもので読みやすさがまるで変わる。デザインってすごい。ソフトを使えるようになっていたとしてもデザインができるようになるのとは話が全く別で、彼がいなかったらこの冊子は完成していなかったと思う。

 

昔からの無価値観は薄れたとはいえ、全くなくなったわけではないから、

なんで自分はこんなにも人から与えてもらえるんだろう、私は何をお返しできるんだろう、お金か?!金を払えばええんか?!みたいな頭のごちゃごちゃは日々繰り返されている。

 

「私は一体どうすれば…」という混乱の中で相談した人から「感謝すればいいと思うよ」とシンジくんのようなことを言われて、そういえば私は心から人に感謝できてないかもしれないなあと思い至った。

ありがたい、ありがとう、と口の舌先あたりから発されるばかりで、胸の奥から声は出てるだろうか。

 

感謝するというのは、受け取るということができたとき、自分が与えられたものをきちんと認識したときにできるようになるらしい。

 

来週にはZINEが届く。木曜日には受け取る。

その足で、私はレイアウトを組んでくれた呑兵衛のおじいさんとちょっと良い店に酒を飲みに行く。

一言でも多く、胸の奥から感謝を伝えようと思う。

 

 

2024年4月8日 記憶のピン

ZINEを作ろうとしている。

数年越しの夢であった。というか最近まで忘れていた。大学院生の頃に思いついたのだったか、自分の視点から見る世界を形としてまとめておきたいという小さな欲望。

今のところ「記憶」がテーマになるかなと思っている。愛しい記憶、好きなものの記憶。

 

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私の人生において「記憶」というテーマに向き合うことは必然だったのかもしれない。

 

叔母は記憶とアートに関する研究者だけど、その研究テーマを認識するより前に、私は記憶を題材に論文を書き始めていた。

 

こないだ母に私の幼少期の頃の話を聞いた。

どうしても3歳頃〜幼稚園時代の記憶が思い出せなくて、まあ幼少期なんてたいしたもんでもないだろうが、なんだかモヤモヤして、母に電話して聞いたのだった。

 

当時私の弟を妊娠していた母は切迫流産の危険のために3ヶ月入院し、父は単身赴任で家にいなかったので、私は数ヶ月を母方のおばあちゃんと叔父さんによって育てられていたらしい。

退院後も通院がしばしばあったので、私はよく託児所に預けられていたそうだ。聞き分けが良く、託児所に行くための荷物を自分で準備するような子供だった。泣きも喚きもしなかったと。

 

全く覚えてない記憶だったけど、その生い立ちなら自分の抱えている感覚や性格や趣向についても納得できる。

友達や恋人とバイバイする時の深く押し寄せてくる胸をつく寂しさ。「大人」に対する従順と苛立ち。世界からはみ出してる、居場所のない感覚。置いていかれる恐怖と、それでも駄々をこねたら本当に捨てられてしまうかもしれないという、もっと底知れない恐怖。

 

こんな恐怖を抱えて今まで生き延びてきたのか。自分の生存本能に愕然とする。えらいと思う。よくやった。それで、もう十分だよ。

 

記憶を、先に進むために留めておく。

忘れてないよ、忘れても思い出せるから大丈夫だよ。ずいぶん遠いところまで来たなあ。そうやって振り返るための、記憶のピン。

 

ZINEはインドで撮り溜めた写真と、そこで感じたこと、思い出したことを中心にまとめようと考えている。

私の写真と言葉を見てくれた人が、「そういえば昔ね」と自分の過去と出会い直す、そんなきっかけになったら嬉しい。

2024年3月7日 誕生日と無価値観

先月末に、毎年恒例となっている誕生日を迎えた。
今年で35回目のイベントであった。

 

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その誕生日で「ただ生まれただけ、ただ喜んでいるだけで、周りの人がこんなに嬉しそうにしてくれる」を思いっきり体感して、少しずつ自分の中の「無価値観」を解消できてきている気がする。

 

私は何をしていても、してなくても、私なんだと思った。

たとえ博士論文を出せず研究や執筆を仕事にできなくて、ただただ息を吸ってご飯食べて寝るだけの生活になっても、私は私のままで、そのままで愛されてる。生きているかぎり生きていて良い。私はその生活のなかでもご飯のおいしさ、空の美しさ、光の複雑さ、生きていることすべてに心をときめかせるだろう。だって私だから。

 

親に愛されるために、友達から好かれるために、空気をよく読む人間として育ってきた。何気に鋭い感受性のために言われなくても察することのほうが多かった。

無意識に「周りに気を遣えないと愛されない」と思い込んでいた。
でも本当はそんなことない。

 

誰も無価値じゃないとか、私が私、あなたがあなたであるだけでもう価値があるとか、そういう言葉も陳腐で少し違う。本当は「価値」や「無価値」という言葉すらいらないんだよな。尺度が生まれてしまうから。

比較できる特別な何かをわざわざ身に着けていなくても私(あなた)は私(あなた)であるだけで良い。ただ息を吸っているだけで良い。布団から起き上がれなくたって良い。

そういうの全て自分に許した上で、「私は自分の感じたものを文章で書くのが好き」「文章を通して他の人と共有できたら嬉しい」があって、私が「やりたい」から「やる」んだと思う。

 

まあ、まだ自分から天秤に乗りに行ってるときがあるのもわかってる。

それを客観視できるようになったことが成長だと思うから、今はそれでまだいいよ、少しずつ天秤から降りている時間を増やせるようになろうねって自分に声掛け。

 

こんなこと誕生日に感じたのは初めてで、だてに35回も祝われてないなと思った。

場数って大事ね。

2024年2月20日 ひばりの鳴く

昨日は友人と公園をぷらぷら散歩した。

天気はあまり良くなくて、ときどき霧雨が吹き付ける気候だったけど、梅の木にはひばりが止まってちいちい鳴いていた。春だ。ずいぶん早い気がするけど、春を感じてしまったからには春なのだ。

 

今日はさらに暖かく、ぽかぽか陽気の中でお弁当を食べた。明日からまた寒くなるらしいというニュースを聞いて、それなら今日を思い切り楽しんでおこうと。

 

過去の記事で何度も書いた気がするけど、私は冬が好きだ。寒い朝に湯たんぽをガスコンロにかけてしゅんしゅん沸かせながら、あー寒いなーなんて感じてる瞬間が結構好き。

しかし今年の冬はそこまで冷え切らず、私の南向きの部屋はふすまを閉めておけば温かく過ごせる環境で、「冬!!!!!」という気温を噛み締めたのは先日の雪の日くらいだったかな。今年の冬はちょっとつまらなかった。

 

温暖化がこのまま進むとますます冬がつまらなくなりそうで嫌である。

 

私は私でできることをしないとな。

2024年2月16日 半年ぶりコーン

ここ数日ずっと闇の中にいたような感覚で歩いていた。闇というか、もやというか、仄暗い霧。

要するにメンタルが落ちていた。かなりガッツリと沈んだ。いつぶりだろう。去年の夏前か?

 

ここ数年でわかったのだけど、心は頭がどうこうして動かせるものではないらしい。気をそらしてあげることはできるものの(所謂コーピング)、私の場合、それをやると後からさらに深い霧が押し寄せてくるだけであった。

 

メンタルが浮上するまでじっと待つ。不安で足元のおぼつかない感覚に「ひいー!気持ち悪いよー!」なんて思いながらじっくり浸る。

そうしていれば突然その感覚は抜けるし、しばらく襲ってこない。心の浮き沈みを「私なら受け止め切れる」と信じて正面から受け止めたほうが私の場合には良さそうに思えて、最近はコーピングリストを実行せず、ただひたすら自分に向き合っていた。

 

※上記は全て私の場合の体験談、体感覚の話なので、個人差はあるはず。コーピングを批判するものではないし、こうすれば希死念慮と絶対的にうまく付き合えると断言するものでもないので、ご参考までに留めおいてください。

 

抜けると空は青く見えるし梅の花は紅色にくっきり見えるしで良きかな良きかな。

大学生の頃、スワヒリ語を教えてくれていた先生が「マラリアにかかって高熱が出てぶっ倒れたあと回復すると、体の悪いものが全て出切ったかのようにスッキリしている」という話をしていたことを思い出す。「デトックス」という言葉がこんなにぴったり当てはまる事象もないよな。

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しばらく自炊するタイミングがなく、1週間も外食で済ませていたことも、今回の仄暗さと関係しているかもしれない。

やはり料理はいいぞ。料理は人生を照らす。

 

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冷凍庫で夏から眠らせていた生とうもろこしを解凍し、そぎ落とした粒を炒めた玉ねぎとあわせてプロセッサーにかけてコーンスープにした。半年ぶりの解凍。嬬恋のとうもろこしはそれでも美味しかった。

 

明日は何を作ろう。

2024年2月15日 忘れることを許すこと

前回記事で何を書いていたかも忘れた。

読み返してみたらここを研究日誌にするとのこと。ほーん。去年の9月末の私はそんなふうに考えていたのね。

 

そんなことは忘れていたので、ここは相変わらず日々のメモ書きとして使っていく。

 

...

 

家の近くの空き地が売れたようだ。雑草避けのようなシートが張られていた空き地にはフェンスが立ち、工事予定の看板が下がっていた。

私はここの空き地が好きでも嫌いでもなかった。建物が建つことに賛成も反対もない。

ただ、雨の日にこの空き地に張られたシートに雨粒が当たり、反射して聞こえてくる音が、川のせせらぎのようだったことは覚えている。その音をよく聴こうと雨の中わざわざ立ち止まったこともある。雨の日のほんのささやかな楽しみだった。

 

もともと、今いる場所から別の場所に繋げてくれる見えない扉のような場所が好きなのだ。この空き地に限らず、いろんな場所に私は透明なワープポイントをもっている。今すぐには思い出せないんだけど。

 

大事というには軽すぎて、でも何も思い入れがないわけじゃない、すぐには思い出せない場所。この空き地もいずれそうなる。何かきっかけがあれば思い出せるかもしれない、たとえば雨の日にここの新しく建った家が視界に入った時、もしくは似たような空き地を見つけた時。もしかしたらもう思い出せないかもしれない。どこかにワープポイントがあったことだけは覚えていて、いや、それすら忘れるかもしれない。

 

つい数年前まで、私は忘れていくことを許せなかった。忘れていく自分を、他人を、責めた。一瞬でも好きだと思った何かをかつてと同じように愛せなくなる心の変わり身の早さ、頭の軽率さ。失われていくことのやるせなさ、悲しみ。

根底には恐怖と悲しみがあり、それに蓋をして怒った。自分もいつか誰かに忘れられてしまう。そのことへの恐怖だったかもしれない。

 

最近ようやく、忘れることを心底許せるようになった。仕方がない。それはネガティブな諦めではなく、それが「生きていく」ということだから仕方がないのだと認められた。諦めより「降参」に近い。まいった、まいった。

 

生きることは変化し続けることで、死ぬことは不変に留まること。言葉としては理解していたこの真理をやっと腑に落とすことができたのだと思う。

 

思い出せたらいいな、と思う。ここで川のせせらぎを聞いたこと、雨の日が少し楽しかったこと。でも思い出せなくてもいいんだよ。いずれ私は別の場所を見つけるのだから。

 

それでもこうやって文字にしておこうと思ったのは、ちょっとした忘却への抵抗なのかもしれなくて、そういう自分が少しおかしくて愛しい。

 

9月25日 ブログを研究日誌と改める

しばらくはてなブログのほうに日記を書いていなかったけれど、全く日記を書かなくなったわけではない。むしろ毎日書いてインスタに投稿していた。日々の心の機微や出来事をさっと気楽に投稿できるのが良い。
(こんな雑文でもはてなブログへの投稿はある程度文章に気を遣っている)

 

インスタ日記はこんな感じ。

 

 

じゃあこのブログはどうしようかと考えたとき、自分はゆくゆく研究者や文筆家として活動していくのだから、インスタ日記よりも長文で自分の研究のことや世の中に対して考えたこと、一日一日のことよりもっと長いスパンの「人生」というものに対して感じたことを発信できる場があったほうが良いなという結論になった。

対外的には雑文置き場ということで変わらないのだけど、自分の中で位置づけがはっきりして腑に落ちた感覚。すっきり。

 

最近のインドは動向がかなり注目されているし、自分も思うところがたくさんあるので、しばらくはインド関係で気になっていることを長めに書くなどしてこの場所を活用する予定。

 

とりあえず今日は締め切りを迎える仕事を全力で片付けてきます。