百年の一日

インドとお酒に溺れている岡本の日々 (web→ https://lit.link/okapindia)

3月21日(金) 春を分け変容

先週から怒涛の日々が続く。幸いにも前回日記で書いたように「私は忙しい」という事実をスムーズに受け入れられているから、タスクの割に息苦しさを感じないけれど。

 

まず先週末、朝から湯河原に向かい、「湯渡し100」というウルトラウォーク大会に参加してきた。これは26時間かけて100キロ歩いてゴールするという大会だ。制限時間以内に100キロ歩く「ウルトラウォーク」の大会は全国各地で開催されていて、有名なものだと行橋〜別府ウルトラウォークだとか、北関東三大と言われるぐんま・つくば・しおや100キロウォークだとかがある。マラソンほどの知名度はないけれど少しずつウルトラウォーク好きは増えているようで、今回参加した「湯渡し100」は神奈川の西側の一番端っこ(静岡寄り)から元住吉という東の端っこ(東京寄り)まで歩く初めての大会として開催された。

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去年のアサマスタークロスウォークという40キロ山道を歩くイベントで長距離ウォークの魅力を知った私は、今回初めて100キロに挑み、そして、散った。

事前練習で40キロ~50キロの道を歩いて「行けそうだな」と感じていたものの、実際には雨が降りしきるなかアップダウンのある道を歩いていると意外と早くガタがきて(周囲の人のペースが想像以上に速くて自分のペースを見失ってしまったことも要因)、20キロ地点ですでに足に違和感を感じていた。40キロ地点で膝に痛みを感じるようになり、60キロ地点でリタイアした。靴を脱ぎ、テーピングでぐるぐるにした足をよく点検してみると、踵にマメが出来かかっていた。左膝のテーピングは擦れて太ももに裂傷が出来ている。この状態だとどうせゴールはできなかった。気力以前にまだまだ実力が足りなかったなと、しょんぼりしながら帰路につく。

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土日のウォーキング後、シフトの入れ替えがあって月曜から水曜まで働き詰めだった。ぎしぎし痛む体をなんとか動かして出勤。

後輩と心温まる交流があったり、協力しているインタビュー本に関してミーティングしたり、研修でミスしてどちゃくそ怒られたり、とすったもんだあって今日である。

そういえばウルトラウォーク前には確定申告にも追われていた。とにかく先週から一昨日まではびゅんびゅんと飛ぶように日が過ぎた。光陰矢の如し。

 

昨日は浅草方面に出かけた。

実は昨日からグループ展に参加させてもらっていて、その会場に作品を搬入に行ったのだ。写真とエッセイを1点ずつ展示してもらっている。

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浅草のカフェ「間 aida」にて23日(日)まで飾ってもらっているので、よろしければぜひ。

(営業時間は18:00-23:00、ただし日曜のみ13:00-16:00も入場可。ワンドリンクオーダー制)

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搬入の帰りには巣鴨に寄って、先日知り合った写真家の展示を覗いた。先月末に開催された詩人・青海さんのトークライブにゲストとして参加させてもらったのだけど、その日の夜の打ち上げ飲みでたまたま知り合ったのだった。

肉体や傷の不可逆性、そして自身を変容させるという視点での食肉という行為を写真と映像で表した展示はとても興味深く、考えさせられるものだった。

私は記憶研究やトラウマ研究をやっている人間だから、精神の傷の不可逆性や変容についてはたびたび思いを馳せるのだけど、それを肉体や食肉という行為に拡大させて考えたことがなかった。完全なる盲点で、どこか「肉体vs精神」というふうに対立軸を設けていた、あるいはそこまでいかなくても切り分けてしまっていたというか…

「傷」というとネガティブな響きを感じるかもしれないけれど、私はそこにあまりネガティブさを感じていなくて、自身が変容していく過程の一つなのだと思っている。その変容も、変わってしまったらオリジナルじゃなくなるとか純粋じゃなくなるという意味でもなく、星野道夫の言う「ムース(鹿の一種)は私になる、私はムースになる」という、混ざり合って生き続けていく生命の本質のようなものを感じている。

 

とにかく良い展示だったし、自分の考えもまた深めることができた。まさに変容。面白かった。

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巣鴨からの帰り道、電車の中でハッと気がつく。「今日、春分じゃないか」と。だから祝日なんだけど。忘れていた。

春分ホロスコープの循環の始まりの日でもあり、新しいサイクルに突入する最初の日だ。この日を境に一年が動き出すような感覚を私は持っている。案の定、普段なら出会わないような何か変化の始まりを感じさせる出来事に遭遇してドキドキした日だった。

総じてこれを「良い日」と言うのでしょう。

良い春にしていこう。