新しいお仕事をやってみないか、と声を掛けてくれた人と飲んだ。仕事の内容や未来の展望を聞き、どんな人物が適任だと考えているのか、なんでそれが私だと思ったのか、などなど質問し、かなり前向きに検討することにしてとりあえず来週また具体的な仕事の見学や説明を受けることになった。
面白い、やりたい、と感じることだけをやって生きていきたいと思っている。最近気づいたのだけど、博士課程まで行っておきながら研究職を目指さないというのはなかなか珍しい生き方のようだ(特に文系は)。
文筆家になりたいという目標は変わっていないけれど、たぶん私の有り余るエネルギーは文章を書くだけでは発散できないのだろう。アトリエやコワーキングオフィスみたいな場所の運営をいつかやりたいとも思っているし、インド関係のリサーチや添乗員みたいなこともやりたいし、講義や講演もしてみたい。そしてもちろんライフストーリー研究も続けていきたい。
今回の仕事のお話は、場所の運営やコミュニティー作りに結びつく何かのような感じがした。だから引き受けることをかなり前向きに検討している。
無軌道に生きてきたと思いきや、かなり綺麗に一本の線として物語が繋がり始めていて、やっぱり人生はおもろいと思う。アンテナを立て、楽しいことや面白そうだと感じることをその場その場で選んで進んでいく。
これはインドで旅をしているときの感覚に似ている。次の目的地をどうするかとかどうやって進むかとか、ざっくりした計画は立てておきながらも判断するのは現場にいるその時の私である。安心安全な基地を持ちながら冒険を楽しみ、基地に帰ってその成果を人々と分かち合う。これが私の人生トータルでやりたいことなのだ。
食べつつ飲みつつ仕事の説明を聞き終わった後は洒落たバーに入った。これから上司になるのだろうその人は、実は最近ひょんなことから仲良くなった酒飲みなのである。色々あって私はその人の悩み事を聞いたりしていて、その健やかな人生を応援している立場なのだ。
「最近どうなんすかー?」と生意気にも話を振って、甘酸っぱい過去の恋愛話なんかも聞きながらきゃあきゃあと過ごした。
ふっと沈黙した後、相手から衝撃的なことを言われた。私が隠してきたことをズバンと言い当てる、ど真ん中ストレートの発言に、思考がフリーズする。
いや、どこかで「知られているかも」とうっすら思ってはいた。いつまでも隠してはいられないこともわかっていた。だけど怖くて言えなかった。嫌われてもいいよ、なんてなかなか思えない。嫌われるかもしれないことは自分の口からなかなか言えない。親友や友人にこの隠し事を告白したときだって怖くて怖くて、酒の酔いにまかせて勢いをつけなければ一言も出てこなかった。無軌道に生きてるなんて言っておきながらこのザマで、私ははみ出してしまうことや人に嫌われる不安を抱えながら日々を生きている。
その人は私の隠し事を知っていて、それでも声を掛けてくれていたのだった。
世界は本当に優しくて、でもそれは私が「優しい世界で生きる」と決めて、そうやって生きる努力をし続けた結果でもあるのだろう。
私にとっての「優しさ」とは、小さな声でも拾いあげて聞き取り、自分と違う考えであっても理解しようとすること。人の本質を信頼し、気持ちや意志を尊重すること。
だから、私は自分の心の声をよく聞いてあげるようにしてきた。自分の望みを尊重し、心に嘘をついたりごまかしたりしないで生きる努力をしてきた。不安と戦うのではなくて、不安なら不安のまま、その心を抱きしめて生きることを選んできた。どんな感情も否定しないことを心がけてきた。
それでも、これでいいのだろうかと迷ったり不安に苛まれたり、口にしたら否定されるのではと躊躇ったりすることは多々あった。
そんななかで、自分で自分を励ますために声掛けしていた言葉を他人から言ってもらえた。嬉しさというより、安心感と安堵に包まれる。
応援されたいわけじゃない。ただ理解されたい、尊重されたい、そして私という人間を信じてほしい。上辺の何かや行為を見て判断するのではなく、その奥にある本質や信念、私という人間そのものを見てほしい。
その願いが叶っていたと知った瞬間だった。
なんだかほわほわして、「馬が走ってる酒をくれ」と、母が好んでよく飲んでいたブラントンのソーダ割を注文する。横の酒飲みは笑っていた。
初めて飲んだブラントンはすごく美味しかった。いや、初めてではないのかもしれない。母は妊娠したことに気がつかず、私を体内に宿したままブラントンを飲みまくっていたらしい。私は母の体内でもこのお酒を味わっていたのだろう。飲兵衛に生まれることを宿命づけられていたと言える。
もうすぐ、私の一番大好きな季節がやってくる。私の中で何かが少しずつ走り出している。
